川崎戦を前に思い出せることを書いてみた
1.川崎戦対戦成績
湘南ベルマーレ : 6勝
川崎フロンターレ:17勝
引き分け : 8分
2010以降の記憶として、手も足も出なかったというほどでもない印象のある川崎戦。(例外:2010H、2019H)
2010A、2016Aなど、撃ち合いになる試合も多い印象ですよね。
ちなみに2010Aでは阿部吉朗が見事なバイシクルを川島永嗣にお見舞いしたわけですが、昨年タリクがその再現のようなバイシクルを叩き込んだのも、記憶に新しいところであります。
苦々しいところでいうと2015A、菊池大介の放ったロングシュートがクロスバーを叩き、ゴールラインを割ったにも関わらずゴールが認められなかった、という悲惨な出来事もありました。(主審は西村雄一さんでした。彼が悪いとは言っていません。)
ホームで最後に川崎戦勝利となったのはいつなんだと思い返していましたが、完全に記憶から抜け落ちていた2015年。
開始早々三竿雄斗のクソパスを掻っ攫われて大久保嘉人に先制点を献上したものの、藤田祥史のゴールですぐさま追いつき、後半アリソンのヘッドで逆転したんでしたね。
それにしてもアリソン、決勝点多いなぁ。
2.湘南→川崎、川崎→湘南の主な移籍選手
OUT(湘南→川崎)
山根視来(2020/完全)
下田北斗(2018/完全)
ん?これだけだっけ?
ちなみにベッチーニョが1997に川崎に移籍したわけですが、当時8歳だった私は移籍という概念を全く理解しておらず、悲しくもなんとも思わず母親と等々力にベットを見に行ったという思い出。
IN(川崎→湘南)
馬渡和彰(2020/期限付き、現大宮)
安藤駿介(2013/期限付き、現川崎)
「可児は中村憲剛そっくり」とは一体なんだったのだろうか…。
3.ちなみに
永木亮太と高山薫は川崎の下部組織出身で、特に薫は川崎戦には滅法強かったと。
印象的なのは2011天皇杯と、2013A。
2011天皇杯は川崎に勝利し、クリスマスに京都に敗れたわけですが、この時から3-4-2-1にシフトされ始め、2012の快進撃を予感させたようなさせなかったような勢いを感じました。
ちなみにこの川崎戦、京都戦はどちらも等々力開催でしたが、再び等々力のホーム側席に座るなんていう機会は訪れるのか…。
2013Aは薫の胸シュートで勝利したわけですが、この試合ではアレックス・サンターナが奇妙な踊りで大久保のPKミスショットを誘発。
またウェリントン、大竹洋平が移籍後デビューを果たした試合でもありました。
※本文は筆者の記憶に基づくデータで記述したものであり、公式データは気にならない限り参照しておりません。
抜け漏れ、ご指摘お待ちしております。
4.あ、思い出した
絶対OUT他にもいただろと悶々としながらシャワーを浴びて、やっとこさ思い出しました。
西部洋平(2011/完全)
阿部良則(2000/完全)
西部より先に阿部さんを思い出しました、どうなってんねん。